摩天楼とAOR、そしてパーラメント。あの「大人の夜」を覚えていますか?
Share

今のテレビ番組を眺めていると、ふと「あの一本」が恋しくなることがあります。タバコの味そのものではなく、あの時代、テレビの画面越しに漂っていた「豊かで少し背伸びをしたくなるような空気感」のことです。
80年代から90年代初頭のバブル期。当時のテレビCMは今では考えられないほどタバコの名作で溢れていました。
画面越しに憧れた「渋さ」と「美しさ」
セブンスター、マイルドセブン、ラーク、マルボロ、キャメル…。 どの銘柄も、まるで短編映画のようなクオリティでした。荒野を駆けるカウボーイや、異国の街角で佇む渋い俳優たち。あるいは美しい女性の場合も。そこには単なる嗜好品を超えた「スタイル」がありました。
中でも、私がもっとも「洗練された大人の世界」を感じたのは、間違いなく「パーラメント」のCMだったのです。
ニューヨークの夜景と心を溶かすAORの調べ
パーラメントのCMといえば真っ先に思い浮かぶのがニューヨークの摩天楼です。 深いネイビーに染まった夜空と、宝石を撒き散らしたようなビル群の灯り。そしてそれらを背景に流れるメロウな楽曲たち。
当時私はパーラメントを吸っていません。それでもあの映像が流れると、ふっと意識がどこか遠く、まだ見ぬ「ニューヨークのバー」へと運ばれるような気がしたものです。薄暗いカウンターでお酒を傾けながら、ゆっくりと煙をくゆらす…そんな贅沢でロマンチックな時間に憧れを抱いていました。
五感で蘇る、あの青い夜景の記憶
活字や記憶を辿るだけでも胸が熱くなりますが、実際に映像を目にすると一瞬にしてあの時代に引き戻されます。
ここに1983年から1993年までのパーラメントのCMをまとめた貴重なアーカイブ動画があります。
映像の冒頭から、あの象徴的な「自由の女神」や「WTC」が映し出され、ボビー・コールドウェルの甘い歌声が重なります。9分間にわたるこの映像集を眺めていると、当時の自分が背伸びをして見ていた「大人の世界」が、いかに丁寧で、かつロマンチックに描かれていたかがよくわかります。
画面の中でタバコに火を灯す男性の仕草、タクシーのライト、雨に濡れたアスファルト…。今の高精細な4K映像とは違う、少し粒子感のある当時の質感が、よりいっそうノスタルジーを掻き立てます。
ここであの映像を彩った名曲たちを振り返ってみましょう。
Bobby Caldwell「What you won’t do for love」「Stay with me」「Back to you」「Heart of mine」
Ray Parker Jr.「Over you」
Karla Bonoff「All my life」
Natalie Cole「Miss you like crazy」
Carl Anderson「Pieces of a heart」
これらのラインナップを見て気づくのは、その音楽性の素晴らしさです。ジャンルで言えば、まさにAOR(Adult Oriented Rock)。都会的で洗練されており、切なさと温かさが同居したようなサウンド。特にボビー・コールドウェルの透き通るような歌声は、パーラメントの象徴とも言える存在でした。
これらの楽曲は単なるBGMではなく、大人の夜を演出するための「欠かせないピース」だったのです。
消えたWTCと変わりゆく時代
今、当時のCMを改めて見返すと、映像の中でそびえ立つワールド・トレード・センター(WTC)。それがもう存在しないという現実に、時代の移ろいと取り戻せない時間の長さを痛感します。
「バブル」と言えば、派手な狂騒ばかりが語られがちです。私自身その恩恵を直接受けた実感はありません。しかしあの時代のCMが持っていた「心のゆとり」や「大人への憧憬」は、今の効率優先の社会ではなかなか見つけられないものです。
あの時、私は「夢」を吸っていた
スマホもSNSもなく、情報のスピードも今よりずっと緩やかだったあの頃。 テレビから流れるニューヨークの夜景とAORに、私はまだ見ぬ世界への夢を重ねていました。
あのCMは、ただタバコを売っていたのではなく、「心が休まる大人の隠れ家のような時間」を届けてくれていたのだと思います。
今夜は久しぶりにボビー・コールドウェルを聴きながら、あの頃の青い夜景に思いを馳せてみようと思います。たとえあの摩天楼の形が変わってしまっていたとしても、音楽と記憶の中にある「あの場所・あの時間・出会った人たち」は、今も変わらず美しいままなのです。
by おじさん64年式